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冷めきった婚約者 4

Author: 煉彩
last update Last Updated: 2025-06-05 21:42:25

 隠れて見ていることに申し訳ないと少しだけ感じながらも、二人の関係を疑ってしまう。

 大和の優しそうな顔、久しぶりに見た。

 私にはもうあんな顔、向けてくれないのに。

 背中を向け、見たくないものを避けるように急に走り出そうとした時だった。

「きゃっ」

 前をよく見ていなかった私は、近くの男性社員にぶつかってしまった。

「すみません」

 何やっているんだろう。

 相手の顔を見た瞬間に、目を見開いてしまった。

「龍ヶ崎部長!?」

 会いたくなかったのに。

「申し訳ございません」

 再度謝罪をし、彼の隣を通り過ぎようとした。

 が――。

「顔色が悪いですね。大丈夫ですか」

 彼に腕を掴まれ、ジッと見つめられた。

 それは、あなたと再会したことと、大和のこともあって、精神的に余裕がないから。

 本当のことを伝えることなどできず

「大丈夫です。私の不注意で申し訳ございませんでした」

 早くこの場から去りたい。

 その時、

「龍ヶ崎部長、一緒にお昼行きませんかぁ?」

 二人の女性社員に声をかけられ、彼の手が離れた。

「失礼します」

 私は逃げるように走ってその場から離れた。

 昼休みが終わる。

 部長は何事もなかったかのように、自席に座り、パソコンを見つめていた。この後会議の予定らしい。

 あぁ、これからこんな毎日が続くの?

 龍ヶ崎部長と二人きりになれた時に、話しかけて、《《あの時》》のことを謝った方が気が楽かも。

 モヤモヤを抱えながら就業時間まで仕事を進め、何事もなく帰宅をしようとした時だった。

「ああ、どうしようー!」

 この声、吉田さん?

 さっき大和と会話をしていた後輩の声がした。

「明日提出しなきゃいけない資料の修正が終わらないです」

 どうして?

 あんなに時間をもらっていたはずなのに。

「どうしようー。私、今日、お医者さんを予約してあるんです」

 医者?何かの病気?

 そこまでプライベートに詳しくはないけれど、どこか具合が悪いのかな。

 ほとんどの社員は直帰だったり、すでに仕事を終えたりで今日は人が残っていない。だとしたら、たぶん……。

「雨宮さん、代わってあげられないの?キミならできるでしょ?」

 数個年上の男性主任から急に話をふられた。

 えっ?やっぱり私?特に用事はないけれど……。

「わかりました。代わりに資料作成します」

 この主任は吉田さんには甘い。

 それは前からわかっていたけれど、どうすることもできず、ただ黙っていた。

「雨宮先輩、すみません!ありがとうございます。またちゃんとお礼しますんで」

 彼女は代わってもらえるのが当然のようにバッグを手に持ち、自席を離れようとした。

「ちょっ!待って!どこまでできているのか一緒に確認だけでも……」

「ありがとうございますっ!失礼します」

 私の声など聞く耳をもたず、彼女は足早に帰ってしまった。

 確認作業から入らなきゃいけない。

 まぁ、龍ヶ崎部長は午後会議後、直帰だって書いてあったし、今日はもう会うことはないだろう。

 まだなんて伝えようか心の準備ができていないから、二人きりにはなりたくはない。

「ふぅ」と一呼吸をし、スマホを取り出し、大和へ<今日は残業するから遅くなる>連絡を送った。

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